歴史

プロフィール

江戸時代の初期、荒涼とした“野火止”に水が満ち人々が住み
そこに息づいた神へ捧げる祈りの芸能が石山宗家により相伝された
四世紀の時空を超え 今再び光を放ち人々を誘い魅力する
石山宗家は新座・和光・朝霞など県南に鎮座する多くの神社を守護する神官を始祖とし
土御門流陰陽師の称号を下賜された関東でも最も古い正統神楽太夫の一家
初代 一翁 墓碑銘 流祖 記録として遡れる限り最も古い当主
二代 内蔵助 御神楽壇発控帖(文政元年)
三代 大隅(初世) 陰陽家勤職(天保三年)
土御門流陰陽師 戸籍帖からも長命であった
四代 文吾(初世) 明治初期の関東の神楽太夫の連名に記載
五代 文吾(二世) 神官の社家に分家する
石山宗家は土地と神楽を守り父祖の地に残る
六代 源蔵 (坂東橘四郎)
歌舞伎役者でもあった
七代 三郎 神楽太夫名門 高井戸斉藤家の三男から六代・源蔵の長女・トミと結婚
八代 政雄
九代 大隅(哲夫) 襲名の折に三代目の名を名乗る
十代家元 裕雅 伝統と革新、万能型の神楽太夫
十一代 遥貴 太夫の長男 満三才に初舞台を目指す